2013年04月08日

ふじみ野市革新懇で浅草寺の戦跡めぐり 銀杏のメッセージを未来に伝えたい

CIMG6260.JPG【台東九条の会・会員の説明を聞く】

 7日、ふじみ野市革新懇で東京へバスツアー。44人のご一行様は、東京スカイツリー、江戸東京博物館で東京と江戸を満喫。午後は台東九条の会の方の協力で、浅草寺境内の戦跡を巡りました。


CIMG6267.JPG【戦災者供養平和の碑】

CIMG6268.JPG【誰ともなく季節に合った羽織りものに替えられる母子地蔵尊】

 太平洋戦争末期、中国東北部満州を逃げ惑い、20万人以上がはぐれたり亡くなったりした。その霊を慰めるため、体験者の漫画家9人が発起人となり1997年に建立されたそうです。デザインは漫画家ちばてつやさん。

CIMG6272.JPG【67年前の焼夷弾にも息絶えず、今年も芽吹く銀杏は、境内に16本】

 写真の左右に見える銀杏の間隔はわずか10メートルほど。その近さに、こんな至近距離で爆弾の雨が降り、焼け野原にされたのが東京大空襲だったのかと、その酷さを思い知らされました。

CIMG6273.JPG【境内で最大の被災銀杏】


CIMG6279.JPG【浅草大平和塔】
 
 東京大空襲で亡くなった旧浅草区民1万人余人の霊を慰め、平和を祈願しようと、浅草寺信徒や町内会などの協力で建立。
 

CIMG6280.JPG【大平和塔に刻まれた湯川秀樹博士のことば】
 
 ノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士。科学者として戦前は核兵器開発に携わった反省から、碑の言葉を胸に核兵器廃絶に力を尽くしたそうです。


CIMG6284.JPG【瓜生岩子像】

 「八重の桜」の新島八重が話題になっている今年です。瓜生岩子さんは、会津・戊辰戦争で敵味方なく看護にあたり、明治になって社会福祉活動に貢献した女性でした。

CIMG6290.JPG【今様 地口行灯】

 境内を抜け、商店街で見かけた粋な街灯(あんどん)?
 説明では地口行燈。「地口(じぐち)」とは、いわば駄洒落で。ことわざだとか、有名な芝居のセリフだとか、みんなが知ってる言葉をちょっと変えてそれを楽しむという文化で、江戸時代に地口にあった面白い絵をつけ、行灯(あんどん)にして秋の祭りを彩ったそうです。これは「とんで湯に入る夏の武士(飛んで火にいる夏の虫)」。










 


posted by 足立しづ子 at 17:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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